なんでもない日になんでもないことを考え過ごせる幸せを抱え

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 その日、私は目覚ましのアラームが鳴る前に目を覚ましました。特に予定もない日だったので思う存分睡眠をとろうとしたのに、結局朝の7時に起きてしまうのはやはり睡眠サイクルがしっかり整っているからなのでしょうか。ともかく私は起きてしまったので、ぐぐ、と体を伸ばします。

 今日は何をしようか、とぼんやり考えながらベッドを降り、てけてけと駆け寄ってきた愛犬を撫でました。ふわふわの毛の上で手を何度も滑らせます。愛犬は気持ちよさそうに目を細めますが、すぐにハッとして「わん」と吠えました。十数年も一緒にいればさすがに分かります。これは「飯をくれ」という催促の「わん」です。
「ご主人、起きたのか。起きたんならごはん、ごはん!」
 そんな声が聞こえてきそうなくらい、愛犬は私の周りでぴょこぴょこ跳ねました。「分かった、分かった。ちょっと待って」

 人間の言葉が分かっているのかいないのか。定かではありませんが、愛犬は私の言葉を聞くと一目散にキッチンへ走っていき、ドッグフードの袋の前で賢くおすわりをしました。

 私たち人間は日々やることがあったりなかったり、ない時は何をしようかと考えたりしますが、愛犬はきっとそんなことは考えたことがないのでしょう。彼は起きたらご主人(私)にご飯をもらい、散歩へ連れて行ってもらい、おもちゃで遊び、やることがないと寝る。疲れても寝る。ご主人のいない時だって大半は寝ているでしょう。

 私が忙しい時はそんな彼を羨ましく思いますが、同時に自分が人間であることの「役得感」を感じます。なぜなら、人間でないとこのように日々の自分の行動をたくさん選べないからです。私たちはご飯を選ぶことができますし、出かける先も自由に決められます。遊び方も無限に存在します。イタリアン料理が食べたいと思えばすぐにスマホで美味しい店を調べることができ、どうせなら友達も誘って行こうかとLINEを開いて連絡を取ることができます。

 やろうと思えばなんだってできる。だけど愛犬みたいにご主人はいないのでやることは自分で見つけて選ばないといけませんし、働かなければご飯はもらえません。対して愛犬は、なにもせずともご飯をもらえ、いつでも構ってくれるご主人がいて、疲れたらすぐに眠ることができます。

 私は自由を選べるので、たまに愛犬は家の中が世界のすべてみたいで窮屈なのではないかと考えますが、そもそも自由を選べることも知らない愛犬は今が一番幸せなのかもしれません。
 一体どちらが幸せなんだろうかと、10秒も経てば飽きるような疑問を抱えながら、特に予定のない私は二度寝のために愛犬と布団へ潜り込むのでした。

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